謹賀新年2012
あけましておめでとうございます。
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カッコイイという言葉をジャズでよく使ってしまう。
何ともあいまいな言葉なのに、これ一つでたいていは表現できてしまう。
でもそれで簡単に片付けてしまうのもいいかげんなので、
ちょっと考えてみた。ヒーロー的なもの、理想の生き方、理想の人物。自分の琴線にふれるアート的なもの。まあ少し上げてもいろいろある。だが人によってそれは全然違う。だから細かいことを言っていてもしょうがない。カッコイイと思えたもの、それが全てだ。
でもこの曲だけははっきり言える。
カッコイイとは勇ましいこと!
デューク・ジョーダンの「フライト・トゥー・ジョーダン」。
曲を書いた本人のデューク・ジョーダンはジャズ史の中では地味な存在だが、その曲は強い印象を残す。このたたみかけるような勇ましさは、聞いていて心地よい。
ぜひ、聞いて欲しい。
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ひさびさにカッコイイ曲にめぐり合えた。
「ハンクモブレー&ヒズ・オール・スターズ」の中の「ウルトラマリーン」という曲。
以前にもブルーノートのコンピ盤を何度も聞いたのに、なぜ気づかなかったのだろう?その時はもっと違うものが好みだったとしか考えられない。
これぞモダン・ジャズの響きというような、古めかしい輝きもあり、ブルース・フィーリングあふれる1曲である。今はあまり使われないヴィブラ・ホーンの音色が最高だ。ハンク・モブレーのサックスが渋い。
参加メンバーはハンク・モブレー(ts)、ミルト・ジャクソン(vib)、ホレス・シルヴァー(p)、ダグ・ワトキンス(b)、アート・ブレイキー(ds)。
今思ったがヴィブラホーンのミルト・ジャクソンをケニードーハムに代えれば、最初の「ジャズ・メッセンジャーズ」だ。
ブルーノートのそういうところが面白い。
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最近各社から廉価盤CDが出て値段も1,000円前後なので、まとめ買いをついしてしまう。珍しいもの、知らなかったものどれもこれも捨てがたい。
だが、それを繰り返していると、本来自分が何を聞きたかったのか、まったくわからなくなる時がある。ただマーケットの戦略に流されているだけではないのかと。
そんな時、このコンピ盤が役立つ。
100曲入っているが、1曲約1分前後。いいとこだけ入っているという、以前によく流行った、これは「ブルーノート版」である。このシリーズは3枚出ている。
1分前後。つまりジャズの曲の良し悪し、好き嫌いはその程度の時間聞けば十分分かるということなのだろう。お手軽すぎると思うかもしれないが、実はこの盤意外と役に立つ。
聞き返してみると、気になった曲の大部分がハンク・モブレーがリーダー、もしくは曲を提供してサイド・マンになっている。
ここはもう一度、出直してみよう。
分かりづらいが、白いジャケットである。
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飛び込むように客席へ入る。
空いている左側の前の方へすわった。
去年もこのあたりだからいいだろうとふんだが、
トリオが登場して着席した時しまったと思った。
山中さんの全く真後ろにあたり、他の2人も斜めの見づらい位置にいる。
1部はここで見るしかないか…。
演奏が始まると凄く圧倒された。音のでかさ、打鍵の強さをまのあたりにする。メロディーもかなりフェイクしているが聞きづらさはなく、むしろ曲の先の展開が楽しみになるような構成だ。そしてドラムのリズムにピアノやベースが乗っかっていって、心地よい一体感がどんどん増していく。それにつられて聞くこちらも体が少しずつ揺れだして、ついにはまわりにわからない程度でつまさきでドラムのシンバルに合わせてリズムをとっている自分に気づく。もうすでに彼女らの音楽にとりこまれてしまったのだ。
オリジナルをよく聞いていたテイクファイブのメロディーも、テー無の途中でスムーズに転調したり、また元に戻ったりとこんな解釈があったのかとうれしくなる。途中で別の曲のフレーズを挟んだり、遊びの部分も心得ていて、ジャズ好きな人はニヤっと皆したろう。山中さんのピアノはモダンジャズの良き時代の伝統の上に立ちながら、随所に新しい響きを奏でている。
2部から真ん中の列の少し右寄りに移った。さっきと比べるとステージより遠くなったが、三人をバランスよく見れる位置になったためか、それぞれ音のバランスもよく聞こえるようになった。ドラムはアート・ブレイキーに見出された人らしいが、何となくシンバルの使い方が似ているように見えた。
そしてここぞという時のシンバルの叩き方が、手前を叩くのではなく、シンバルを越えて遠い反対側を叩くという、決めのパフォーマンスが実に楽しい。
余談だが、あるジャケットの写真のイメージで、てっきり山中さんは真矢みきのような凛々しい人だと勝手に思っていた。が、MCが始まり女性らしいかわいい声でぽつぽつと考えながらゆっくりしゃべる姿のギャップに(あくまで自分の思い込みだったが)驚いた。話すとき、自分にとって真後ろのお客様にも振り返り全体を見ながら話す姿勢に好感がもてる。
演奏に入ると、鬼気迫る様子で立ち上がったり飛び上がったり、叩きつけるようにしてピアノを弾く。内に秘めたエネルギーの凄さに感動した。
気づいたことが一つ。ピアノトリオは元曲が分からなくなってしまうぐらいフェイクしても十分セーフだし、そのぐらいのほうが面白いということ。
ジョン・コルトレーンのジャイアント・ステップでは、途中からからどんどんスピードを上げていって三位一体の高速プレイが繰り広げられ、観客から歓声が上がった。
トリオの放つ昂揚感が、50~60年代のジャズがカッコいい時代をほうふつとさせてくれる。
アンコールの「So long」という曲は、哀愁を帯びた曲で、題名だけだと誰かの追悼の曲か何かのように思えるが、そうならないのは、ドラムがマーチ風のリズムを叩いていて、だんだん楽しくなるからだろうか。何となく「さよなら」ではなく、「また会いましょう」と言いたくなる気持ちにさせる。
本当にピアノ・トリオをもっと深く知りたくなった。
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今年で3回目なので至極簡単な移動のはずだった。
「台風」さえ来なければ…。
それがこんな大事(オオゴト)になるとは!
折尾駅で乗り換えの予定が一つ前の黒崎駅でいきなり電車止まる!!
車内放送によると、停電で電車が一歩も(一輪というべきか)も動かないらしい。開演時間に間に合わない怖れも出てきたので、JRを捨てて、バス・センターへ行く。たとえ大回りになっても着くことが先決。この時まではまだ楽観視していた。19時までに行けば問題ないと。
黒崎駅をバスが出発したのが17:38、やがてバスは八幡駅を通過する。
「八幡駅!!!」
どうやらJRで来た道を戻っているようだ。(北九州に不案内な人のために言うと、小倉→戸畑→枝光→スペースワールド駅→八幡→黒崎→折尾、福北ゆたか線に乗り換えて若松へとなる)だとしたら、次に来るのは「戸畑駅」のばず。予想通り「戸畑駅」に着いたのが、18:35。おおよそ一時間近くバスに乗っていることになる。この時点でもう半分あきらめていた。まあ、開演後でも何とか入れてもらうしかない。
戸畑駅から若戸大橋をわたる。若松は橋を渡りきった所だ。もう少しで着く。
そしてついに「若松駅」に着いた。
時刻は18:45。
ん?戸畑から若松までたった10分しかたっていないぞ!
どうやら今まで最大の移動ルートをたどって、最短のルートを見つけたことになる。
戸畑駅からバスで行けばよかったのか!
灯台元暗し…。
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演奏が始まった。だけど、何かがおかしい。
音が聞こえているのにソリストの姿がまったく見えない。
他のメンバーははっきり見えているのに。
目が暗さに慣れてきたのか、シルエットだけ確認できた。
そう、スポットライトが全然当たってないのだ。
いくら地方のコンサートホールといえど、これはいただけない。出演者がかわいそうだ。
いつまでこのままかとあきらめかけた時、やっとライトが当たった。これからが本当の始まり。
コンサートの直前にセカンドアルバムが出たが、当日を楽しみに買わずにおいた。初めて聞く曲に新鮮味が出ていい。
2ndアルバム
ファーストアルバムを聞いた時、力強い勢いのある演奏に魅かれた。最近の新人プレイヤーはソフトなタッチが多いので少し物足りないものもある。それらとは一線を画している。おまけに選曲もほかと違っていて興味深い。新人、ベテランにかかわらず、似かよった曲ばかりのバイ・リクエスト的なものは飽きがくるというもの。
選曲にはその人が辿ってきたジャズの遍歴がわかるので、それを読み解くのもワクワクする。
彼女の実際の演奏を聞いていみると、音が太く、ビッグな音の洪水といったイメージ。スタンダード曲はメロディーもフェイクがきいていて聞き応えがある。構成もオリジナルとスタンダードの混ぜ方のバランスがいい。
ファーストアルバムを聞いた時、ライナーを見て思ったのだが、テナーサックスの作曲者の曲が多いのに気づく。アルトサックスだとチャーリーパーカーゆかりの曲を上げる人が少なくない中、ウエイン・ショーター、ジョー・ヘンダーソン、ベニー・ゴルソンとテナー・サックスばかり。そういう曲を聞き、演奏してきたからだろうか、アルトサックスからイメージする明るく軽快なイメージとはまったく異なるスペシャルな音色になっているのだろうか。リズム陣をグイグイ、ハイテンションで引っ張っていくスゴさ、すでに堂々としたものである。
ただその分、彼女のソロが終わって、ピアノ・トリオだけの演奏になった時のインパクト弱くなるのは、仕方がないのか。
アンコールで「スター・アイズ」を演奏した。好きな曲だったので非常にうれしい。お気に入りの曲が出てくるとノリもやはり違ってくる。
それと、今夜は「デルサッサー」といういい曲を知ることができたのも収穫だ。もう少し聞きたいと思うほどあったいう間にコンサートは過ぎ、終了した。
また機会があれば寺久保エレナさんのコンサートに行きたい。
サインいただきました。ありがとうございます。
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JAZZ雑誌のコンサート・スケジュール欄を見ていたら、7/23(土)に寺久保エレナさんが”なかまハーモニーホールに来ることがわかった。本を買った時3週間前だったが、もしかしらまだ券があるかもしれないと思い、会場に電話してみると自由席があるというので、さっそく注文した。
中間駅
中間には行ったことがなかったが、目的があるとなんとかなるものだ。
中間駅から出て町を見てみると、必要最低限のものは揃っている田舎の町といった感じだ。町内の案内板で場所をチェック。少し距離はあるが、まっすぐ行けばいいようだ。早く来すぎたので、軽く食事をとってから本屋で時間をつぶす。
開場時間になりホールに入ると、前の方が平坦になっていて複数の人がすわれるテーブル席がいくつか並んでいる。会場の後ろ半分以上は階段状にイスがすえられている他のコンサートホールと同じ造りになっている。実に変わった形状だ。
前座でウインドアンサンブルの演奏があった。外の看板でチケット完売となっているのに、客はまだほとんど入っていない。これを知らない人が多いのではないか。興味がないので、これにはふれない。
開演直前に大量の人がコンサート会場になだれこんできた。あっという間に満杯になる。テーブル席のほうは年配の人が多いので、もしかしたらこのホールの会員で埋まっているのかもしれない。
そしてついに演奏開始のブザーが鳴った。
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「セロ弾きのゴーシェ」は宮沢賢治の小説で、
セロの演奏の下手なゴーシェが、ある夜セロを
弾いていると、いろんな動物たちがやってきて
アドバイスを与えて、たった一晩でセロが
うまくなるというものだ。(はしょりすぎ)
こんなにたくさんやってきたら、そのうち楽しくなって、
歌でも歌いそうなものだが、彼は歌ったという記述はない。
これがジャズマンだったら、ジャム・セッションが始まって、
大騒ぎに違いない。
じゃあウッド・ベースを弾きながら歌を歌ったら、これはもう天才だ!
でも世の中にはそんな人がいるのだ。
彼女の名はニキ・パロット。
最初聞いたときは、ベースは別の人が弾いているのかと思った。
それほど自然なのだ。
ギターを弾きながら歌を歌ったり、ピアノを弾きながら歌を歌う
人はいるが、ベースというのは聞いたことがない。
どうせ歌は下手なんだろうって思う人もいるかもしれないが、
そんなことはない、ジャズフィーリングあふれる少しハスキーな声で
しっとりと古いスタンダードを歌う。曲のアレンジも古めなので
ぴったりとマッチする。他の楽器もテナー・サックス、バリトン・サックス
バス・クラリネットと低音の楽器を多用し、音域も低音を重視しているので、
全体的なまとまりがバツグンだ!
テナー・サックスはハリー・アレンが参加している。
しかも、少し多めにかけたエコーがただっ広い会場で演奏しているようであり、
作ったライブアルバムのように拍手や観客の声を入れず、誰もお客がいない
空間のようなことから、アフター・アワーズのジャム・セッションのような
熱が入っていてもどこかもの寂しい感じもするのだ。
新しい人のジャズが聞きたいが、「まったくなにもかも新しいのはどうもね。」
というような人にはおススメ!!「ダーク・アイ」や「ブラック・コーヒー」
なども歌っている。
(「ブラック・コーヒー」2009年録音)
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